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Tamaki Sono

Hello, my name is Tamaki Sono ;)

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  • July 24, 06:05 AM

    Umeboshi 2010


    梅の収穫の写真を撮り忘れてたことが悔やまれます。
  • July 24, 05:51 AM

    各種デジタルネイティブな言葉の特徴

    言葉が生まれる場所はいろいろあります。

    言葉を分析する研究では、それらの言葉の生まれる場所、生み出され方に配慮して、それぞれの特性を生かした分析が求められます。言葉を生み出す方法で最もよく用いられる手法の一つがインタビューですが、インタビューにもいろいろあって、個別インタビュー、グループインタビュー、質問を事前にきっちり決めて行う構造化インタビュー、きめない非構造化インタビュー、その中間の半構造化インタビュー、いろいろあります。

    口頭でのインタビュー以外にも、質問紙を用いて出てくる書き言葉が分析されたり、メールの文章が分析されたりします。これらは調査者が質問を投げかけ、それによって出てきた言葉、引き出された言葉です。他には、匿名掲示板の言葉だったり、新聞記事、カルテ記録といった既存資料の言葉、特定の状況を観察して拾われる言葉など、研究者がいようがいまいが生まれる自然発生的な言葉が分析されることもあります。まあ、たいがいの言葉は分析され得ます。

    最近だと、IBM SPSS Statistics ~twitter 分析モデル~なんてのもあるくらいで、きっと twitter の分析もいろんなところで行われてるんですよね。あと、「米国議会図書館がTwitterの全ログを保存」なんてニュースもありましたが、これも「許可された研究者にのみセットで提供する」という方針からも明らかなように将来分析されることを想定しての保存です。どう使えるか分からないけどとにかく保存し始める、みたいな柔軟な決断、素敵ですね。

    さて、言葉が生まれる場所はそこらじゅうにあるわけですが、大別すると、口から出てくる話し言葉と指先から出てくる書き言葉の2種類があります。手話もあるか。手話は手を使うけど話し言葉に近いのかな...。

    基本的に書き言葉は話し言葉よりも考える時間が長いので、理路整然としたり、無駄な情報が少なかったり、深いところから言葉が出たりすると思うのですが、一方で、余計なことを配慮する時間もたっぷりあるので、嘘がつきやすかったり、相手の意図を汲み取りすぎたり、社会的望ましさが高い回答に偏ったり、素直で反射的な感情が出ない傾向があると思います。あと、付随する非言語的な情報が異なります。話し言葉では表情やしぐさ、視線などなどたくさんあり、一方で、書き言葉では筆跡や筆圧などに限定されます。

    で、指先から生まれる書き言葉ですが、ペン経由とキーボード経由があります。今日は、昨今ますます存在感を大きくしているキーボード経由で電子化された状態で生まれる言葉、デジタルネイティブの言葉について考えます。デジタルな言葉は筆跡すらなく非言語的な情報がゼロに近い言葉です。一方で、厳密なタイムスタンプやジオタグといった従来にはなかった付加情報があります。で、デジタルネイティブな言葉にもいろいろ種類があるのですが、今日は、メール、メーリングリスト(ML)、匿名掲示板の2ch、SNSのmixi、ブログ、ツイッター、それぞれで生まれる言葉を分析するとしたら、ということでそれぞれの特徴を考えます。

    メール。筆者も読者も特定される会話で、質問とそれへの回答がメインで、環境が閉じているのでぶっちゃけやすく、話し言葉で言うと、密室での個別インタビューのような感じが近いでしょうか。この中では質問者の影響が最も大きいと思われます。

    メーリングリスト。筆者も読者もほぼ特定されるけど、相手が多数。でも閉じてはいるので、グループインタビュー的。ファシリテーターがいないと回りにくい、声の大きい人の声が強調される、少数意見が出にくい、なんてあたりも似ています。あと、普通のメールに比べて質問者が意図しない話題が出やすくもあります。

    匿名掲示板。公衆便所の落書きに例えられたりしますが、公の場所で筆者も読者も不特定。コントロールが不能なので、ノイズが大きく、事実に関する信憑性はないのですが、社会的望ましさからは解放されるので、目的にフィットすれば有用なのかもしれません。

    ブログ。これは何でしょうか...。読者は不特定多数で、実名であろうがハンドルネームであろうがブログには1つの人格のようなものが宿るので、筆者は半特定、って感じでしょうか。実社会でこういう場所、なんだろ...。日記でもあり出版物でもあり...。読者が特定できないので特定の相手への配慮はなくなるけど公への配慮はある、みたいな感じです。あと、基本的に独り言なので、質問したりして情報を引き出す、っていうことはあまりできません。調査者の影響が小さく、独り言性は最も大きいでしょうか。

    SNS。ブログと似てはいるけど、読者がある程度特定できて、筆者もほぼ特定されている場所なので、ブログよりも特定の相手への配慮が大きく、公への配慮は小さいですね。SNSでの調査は、サークルとか教室といった規模のコニュニティでの参与観察みたいな感じになるのかなぁ。

    Twitter。なんだろうかこれ...。入れ替り立ち替り人が出入する居酒屋での観察、みたいな感じでしょうか。大声出して意見を求めることもできるし、黙って見てることもできるし、参加してるかしてないかの境界が曖昧。ブログと同様に読者を特定できないけど、@返信で相手を意識した言葉も出てきますね。フォローの機能はSNS的で自分の特定具合はSNSと同程度かな。

    図にまとめると、




    こんなかな。いい加減だなぁ。でも、まあ、こんな感じなんじゃないでしょうか。上ほど筆者がはっきり特定され、右ほど独り言チック、という図です。対話には研究者の意図が入りやすく、独り言には意図が入りにくいですね。筆者の特定され具合と読者の特定され具合は別々の問題で、バランスの違いで話す内容違いそうでよね。

    ちょっときりがないのでもうやめます...。
  • July 22, 10:07 AM

    CAQDASについてシルバーマンはかく語りき

    とある勉強会で David Silverman の Doing Qualitative Research を読んでいます。今日担当させていただいたのが、第14章の「Using Computers to Analyze Qualitative Data」でした。そのメモです。

    第14章の目的
    • 質的データ分析におけるコンピュータ使用の利点と限界を理解する
    • 主なCAQDAS製品の特徴を知る
    • 各CAQDASの詳細を知り、研究プロジェクトに対する利便性を評価する

    14.1 イントロダクション
    テキスト内容分析でのコンピュータ使用は人文科学の領域で1960年代から人気に。社会科学では80年代初頭から。質的分析では統計分析に比べ、コンピュータの高い性能を必要とすることや心理的抵抗が大きかったことなどから普及が遅れた。

    14.2 CAQDASで何ができるか
    主なソフト(メインストリームとしてはNVivo、MAXQDA、ATLAS.ti)でできることの概観。テキストデータのみならず、画像や音声、動画を扱えるソフトも。共通してできることは、検索、クエリ検索、コーディング、コードの検索や検索結果のエクスポートなど。また、基礎属性データをテキストに添付するなどの機能もある。さらに、メモの添付、統計データとの連携、作図機能などがある場合も。

    14.3 CAQDASの長所
    主に3点ある。
    1. 速い。大規模なデータを扱う場合に特に。300時間200万語のデータを分析し、セッション中に特定の単語が高い頻度で出現した場合に、そのセッションへの参加者の評価が高かったことが明らかに、といった研究の紹介。
    2. 厳密。出現頻度などを数える場合、統計データと一緒に分析する場合など特に。また、属性ごとに引用を分類して比較、といったことも容易で厳密。
    3. 共有。チーム内でのコーディングの共有が容易。コードと原文のあいだをいったりきたり、も容易。

    14.4 限界と短所
    主に3点ある。
    1. ワープロと一緒? 多くの作業はMS Word でもできてしまう。ただ、コーディング部分をエクスポート、数えてエクスポートといった機能は、Wordではマクロを使う必要があり時間がかかる。
    2. 分析がせまくなる? CAQDAS使える分析手法が限られている。Formal structure of narrativesの分析などはサポートされていない。分析の手順に応じてソフトを探す、既存ソフトで工夫するなどの必要性。
    3. 小さなデータでは役に立たない? 議論の余地なく、小さなデータではCAQDASの利点がない。
    ナラティブデータ分析に特化されたETHNO、対話分析に便利なCode-A-Textなどのソフトもある。

    14.5 CAQDASで理論構築
    理論構築(理論の生成と検証)は頭の中で行われる。CAQDASはこれを支援する。CAQDASはコードやデータにリンクされた概念図を描くことができる。GlaserとStraussのThe Social Loss of Dying Patients (1964)の時代にCAQDASがあったことを想像してみよう(省略)。CAQDASは理論の生成と検証に役立つ。

    14.6 キーワード分析
    コンピュータの性能の向上にともない、大きなデータが扱えるより登場した分析手法。たとえば、前立腺がん患者と乳がん患者へのインタビュー、97人730000語のデータで単語の出現頻度を男女間で比較すると、男性の方で統計的に有意に多かったのが、wife, he, men,…などの9語、女性で多かったのがI, she, everybody, mother, friends,… などの31語。つまり、女性の方が考えないといけないことが多い。この分析に5分もかからない。WordSmith Tools が代表的なツール、フリーソフトでは AntConc

    14.7 まとめ
    省略。

    Key Points
    • CAQDASを使うことで大量のデータでもソートや検索などの作業の時間が短縮でき、考えることに時間を使える。
    • より厳密に分析できる部分もある。しかし、研究者を特定の質的分析手法にしばりつけるものではない。
    • CAQDASは研究者のために考えてはくれない。
    • コーディング、検索、抽出がCAQDASの主な機能であるが、理論構築のための機能やキーワード分析といった革新的な手法からも目が離せない。

    感想も書こうと思ってたけど今日は省略。
  • July 19, 10:08 PM

    はじめに身体的違和感ありき

    このまえ、404 Blog Not Found を読んでて考えさせられたのでメモ。引用すると、

    重量の比較に必要なのは天秤であって、具体的な数値ではないのである。そしてこの事は全ての比較に関して成り立つ。比較とはあくまで定性的(qualitative)な作業であり、定量的(quantitative)な作業ではないのである。

    それではなぜ大人ほど天秤のことを忘れてしまうのか?

    具体的な数値を使った比較の方が、楽だからだ。比較の都度天秤にのせるより、具体的な数字を集計した方がずっとやりやすい。天秤を使った比較は全作業をリアルで行う必要があるが、体重計の数値公表方式であれば、twitterでも重さ比べが出来る。

    かくして数値化信仰の虜と我々はなるのであるが、しかし実際に具体的な数値が必要でない場合も世の中には結構多い。

    最近、分銅式の体重計のことを考えたり、twitterで体重公開をしたりしているので、まさに無視できない記事です。数字にしなくても比較ができることは多い、と言われると、数字にしないと比較できないことを探し始めてしまいます。

    まず思いつくのが、時間をまたいだ比較で、昨日の体重と今日の体重の比較、天秤じゃできないじゃん、って思うのですが、別にそんなことはなくて、天秤の片側に置いてある重しを1日そのままにしておけばいいだけですね。距離をまたいだ比較、これも重しを運べば、数字を使わず比較できます。はてブの反応では「天秤では2者間でしか比較できない」なんていうのもありましたが、3者間比較は天秤を3回使えばできるし、数字を使えば多者間比較ができるかっていうと、そんなことはなくて2者間比較を繰り返す必要があります。「重さと長さの比較ができない」なんていうのもありますが、それは数字を使ってもできません。

    確かに、数字じゃないと比較できない、っていうのは間違っていて、まず比較可能性が先にあってその比較を便利にするために数字を使う、という順番なんだろうと思います。河村央也さんという方が管理されている青空学園というサイトに「人間と量」というページがありました。

    あの山の麓まで行ったときとあの川辺まで行ったとき,体の疲れ方が違う.それは一体何が違うのだろうか.その違いをもたらす根拠として山の方が「遠い」,川の方が「近い」.さらに進んで疲れの違いをもたらす要因としての「遠さ」が認識されていく.量はまず比較にはじまる.

    さらに「高い-低い:高さ」が知られ,どこかで「遠さ」と「高さ」に共通する「長さ」へ飛躍していったに違いない.ここに至るのに行ったどれだけの時間がかかったことだろうか.耕す土地の広さもまた,仕事の量として認識されていったのだろう.「広い-狭い:広さ」である.入れものに入る水の量から,容器の「大きい-小さい:大きさ」が知られ,この量がまた,岩の「大きさ」と同じ量であることがどこかで認識されたのだ.「広い」という言葉はすでに万葉集に出てくる.「天地は比呂之(ヒロシ)といへど」(『万葉集』八九二).それに対して量としての「大きい」は比較的新しい.室町時代以降よく使われるようになった.それだけ抽象的なのだ.

    このように人間は身体の感覚を基礎として比較を可能にする根拠として量をつかむ.より一般な量を抽象していった.それにしても「広い-狭い」の本質を「広さ」と言い,あまり「狭さ」とは言わない.「高さ」とは言うが「低さ」とは言わない.「短さ」,「小ささ」とも言わない.これは,はるかな昔から,人間が量の方向性と増大の方向を意識していたことを示している.

    ただし,それを「量」一般として認識するのはまた別のことがらであり,長い年月を要した.結論的に言えば,量そのもののは近代においてはじめて認識された.それとともに量にもいろいろな種類のあることが改めて認識された.

    おお。ほう。そうなんですよね。まず最初に、身体感覚に基づいた違和感があって、その違いをもたらす要因への気付きがあって、言語化され、抽象化され、方向性を与えられ、量化されっていう順番なんですよね。美しさの価値に値段はつけられない、っていうのは、別の言い方をすると、美しいものとそうでないものがあって、違いがあることについては言語化されてて、比較されたりもするけど、まだ量化されていない(そもそもできない?)っていうことなんですよね、きっと。

    で、寺田寅彦の「量的と質的と統計的と」という文章を思い出すのですが、
    「発見」されるよりずっと前から多くの人の二つの開いた目の前にちゃんと現在して目に触れていても、それが「在る」という質的事実を掘り出し、しっかり把握するまでにはなかなか長い時を待たなければならないのである。またおもしろいことには、物理学上における画期的の理論でも、ほとんど皆その出発点は質的な「思いつき」である。近代の相対性理論にしても、量子力学にしても、波動力学にしても基礎に横たわるものはほとんど哲学的、あるいは質的なる物理的考察である。実際これらの理論の提出された当初の論文の形はある意味においてはほとんど質的のものである。それが量的に一部は確定され一部は修正されるのにはやはりかなりに長い月日を要するのである。

    ここでもやはり、まず最初に質的な気付きがあって、苦心の末に量化され、という順番なんですね。

    で、難しいのは、すでに量化されて流通しているものへの接し方で、身体的な違和感に出発した質的な差異がいったん量化され流通すると、量の便利さに目がくらんで質が見えなくなるんですね。QOL尺度の得点がこっちの群で高いから生活の質が高い、とか、こっちのほうが高い値段がついてるから良いもの、とか、まさに本末転倒で、あらゆる尺度は比較を便利にするために開発された道具で、貨幣は交換を便利にするために発明された道具、ということを忘れると、何が何だかわからなくなっちゃうんですね。
  • July 16, 10:41 PM

    4 U 4 Me

    「あなたのためを思って」について考えます。「勉強しなさい。これはお前のためを思って...」「結婚はいいものよ。あなたのためを思って...」「こんなこと言うのは辛いけど、君のためを思って...」まあ、並べてみるだけでうんざりします。「あなたのため」に連なる言葉というのは、基本的にアドバイスや助言、苦言、説教などです。アドバイスも、ただのアドバイスじゃなくて、勉強する気がない人に勉強をすすめるとき、結婚したいと思ってない人に結婚をすすめるときに使われる言葉です。要するに、「今のあなたの考え方を変えたい」時に使われる言葉です。しかも、自分の考え方の方が正しくてあなたの考え方はおかしいという前提で、上から目線で使われる言葉です。

    で、こんな言葉をあからさまに使う人は、独善的で視野がせまくて、勉強や結婚をしない選択肢の先に広がる世界への想像が欠如していることが多くて、自分の考えに共感しない人が目の前にいることへの不安が背景にあったり、理解出来ない相手を理解しようとする努力が足りなかったり、自分の歩んできた道と違うことをしてて楽しそうな相手への嫉妬があったりで、この「あなたのため」は結局「私のため」であることが多かったりします。なので、あからさまにこんな言葉を言われた場合には、「そうですね。検討します。」などと言っていればいいのですが、難しいのは、この「あなたのため」と「私のため」の境界が曖昧な時です。

    「あなたのため」と「私のため」はそんなにすっきり分かれるものでもなく、自分のためにやってることが相手のためにもなってたり、相手のためにやってることが自分のためになってたり、なんてことはよくあります。特に、家族や恋人や親友みたいな距離の近い相手の場合には、この境界が曖昧になりがちです。

    テレビでサッカーを見て楽しむ、なんていうのは別に他人のためにやることではありませんが、楽しそうな人が身近にいるというのは楽しいことで、自分が楽しむことが周りの人を楽しませている、というのはよくあります。「私のため」が「あなたのため」にもなっている時、それはとても心地良いことですが、たとえばサッカーに興味がなくなったとき、家族の中でサッカーを楽しむ役割ができていたりすると、本来自分が楽しむものだったはずのサッカー観戦が、楽しまなくてはならないサッカー観戦になって、仕事よりもサッカーを嫌々優先したりして「なんだよ仕事休んでサッカー見に帰ってきたのに。先に寝てやがる。」などと、なんだかよく分からない怒りの感情が生まれてしまいます。

    家族が病気にかかった場合など、最初は病気を患った家族のためを思ってしていた看病がいつしか自分の生きがいになってしまっていて、家族の病気が治ることを阻む、みたいなこともよくあります。家族じゃなくても、医療従事者や福祉職者でもこういうことはあるのかもしれません。人に限らず、施設や制度もそうかもしれません。

    人と一緒に過ごす上で、「あなたのため」と「私のため」が重なる部分を大きくすることは居心地のよい時間を増やす上でとても大切なことで、社会の中で暮らす上で「社会のため」と「私のため」が重なる部分を広げる努力はとても大切です。で、努力の結果、運良く居心地のいい場所を見つけることができたとき、そこでそれを役割として固定化してしまうと厄介なんだと思います。人も社会も刻一刻と変化するので、いつか必ず「あなたのため」と「私のため」も変化することを忘れない、というのが大切だと思う、という話です。
  • July 13, 10:55 PM

    気持ちの言葉と事実の言葉

    袰岩奈々著「感じない子ども こころを扱えない大人」を読みました。

    第一章 「気持ち」についての研修会
     1. もやもや気分の正体がつかめない
     2. “ネガティブな気持ち”を扱う
    第ニ章 ジャマモノ扱いされる感情
     1. 感情をあとまわしにしてきた大人たち
     2. カウンセリングの現場から
     3. 感情が混乱のもと
    第三章 今、こころはどんな感じ?
     1. 困ったコミュニケーションがおきる仕組み
     2. 気持ちに気づき、それを認めるには?
    第四章 「気持ちの言葉」で話してみよう
     1. 大人が“自分の気持ち”に気づくための練習問題
     2. 大人が子どもと話すための練習問題

    という目次の本です。

    心の中身そのものを扱う文章はとても難しくて、エビデンスベーストで理論的にピチピチだったりすると、もやもやっとした心の輪郭とか襞とかっていう部分が見えなくなってしまい、一方で、直感ベーストで過度に詩的だったりレトリカルだったりすると、それはそれでもやもやっとした襞の中に溺れてしまって何が何だか分からなくなってしまいます。この本は、実体験に基づいた日常生活の言葉で分かりやすくて、かといって、浅薄というわけでは全然なくて、共感したり考えさせられたり、身につまされたり、とても楽しく読めました。

    「気持ちを言葉にして表現することの大切さ」がこの本のメインコンテンツの一つです。これは本当に大切なことだと思います。職場でも家庭でもどこでもそうだと思います。なぜ大切か、どうすればできるようになるか、についてはこの本を読んでいただくとして、気持ちを言葉にして表現することが自分はできていない点については棚に上げておくことにして、今日は、ウェブで気持ちを言葉にして表現することについて思ったことをメモ。

    この本でも書かれているように、感情は仕事のじゃまになることが多いわけです。メールの返信一つとっても、要件以外の言葉への返事にとても時間がかかります。要件以外の言葉、天気や季節の話題、時事ネタ、感想、言い訳、ジョーク、いろいろありますが、こういうのって、単に仕事を進める上ではじゃまな言葉です。今のご時世、ウェブのおかげで、言葉を一言も交わさずにできることが多くて、例えばシロシベの仕事だと、資料や物品の購入、サーバーの契約、印刷の発注、出張の手配、全部「こんにちは」すら使わずに完了します。要件以外のやり取りがまるでないので、とてもタイトで速くて効率的です。ここで行われるのは気持ちは省略した事実だけのコミュニケーションです。

    タイトで速くて効率的であることがそんなに嬉しいか、っていうと、もちろんそれだけで満たされないわけで、気持ちよく仕事するうえでは、やっぱり要件以外の言葉のやりとり、気持ちの言葉のやり取りってとても大切です。「ありがとう」「素敵」「きれい」なんて言葉は、それが時間と手間と思いを込めた仕事だったりした場合には、この言葉のために仕事してるんだな、と思えることもあったりするわけで、気持ちの言葉は仕事を進める上で重要、というか仕事の目的になるほど重要です。大きな喜びにつながるのは、客観的に定量化できる事実よりも、文脈や物語のある気持ちの言葉です。

    今日、数年間連絡の途絶えていた知人をtwitter で見つけて思ったのですが、ブログやSNS、Twitter などで行われるコミュニケーションって、気持ちの言葉が多いんですね。だから、数年のブランクがある知人だったりすると、相手が今日の朝食に何を思ったかは知ってるけど、どこで誰と住んでて何の仕事してるかよく分からない、みたいなことになります。客観的事実を省いた気持ちの言葉だけの共有、みたいなことになるんですね。

    で、ウェブって、気持ちを省略した事実のコミュニケーションと、事実を省略した気持ちだけのコミュニケーション、両方を先鋭化するツールなのかな、って思いました、という話です。
  • July 12, 11:26 AM

    新しいサイトの素敵さ。



    というわけで、新しいサイトの素敵さについて説明します。かっこいい以外の素敵な点は、
    • 何もコードを書いていない
    • 更新の作業がゼロ
    • サーバーを用意する必要なし
    です。

    Flavors.meというサービスを使っています。無料アカウントでも同じようなサイトはすぐにつくれるのでぜひお試しを。有料アカウント($20/年)にすると独自ドメインで使えるようになります。で、DNSの Address (A) records を書き換えると(あまり意味は分かってませんが)、Flavors.me で作ったサイトにつないでくれるようになります。今までレンタルサーバにWordpressを設置してそこでサイトを作っていましたが、もうこれでレンタルサーバーが不要になりました。このドメインのメールについては、Google Apps の無料版をつかって、これまた意味は分かりませんが、DNSのmail exchanger (MX) records を書き換えて、tamakisono.jp のメールをgoogleがホストしてくれるようになりました。

    で、ブログやFlickr、その他ウェブサービスのRSSを自動的に読み込んでくれるので、このサイトの更新作業から完全に解放されました。レンタルサーバーでサイトを作れる自由さは失われますが、自由に作れるからといって、このような複数のRSSを読んできれいに並べてページ遷移なしでコンテンツを切り替えるサイトなんてなかなか作れません。ちなみにこのFlavors.meを使ったサイト、作ること自体には30分もかかりません。

    で、この1ページだけのサイト、やや重くはありますが、それはいいんです。軽さが求められるのは、目的があるサイト訪問であって、早く目的の情報にたどり着きたい場合です。僕の個人サイトに訪問する人の目的、まあ暇つぶしがほとんどだと思いますが、暇つぶしのサイト訪問者にとって大事なのは軽さよりも印象深さです。日々更新される部分については、blogやtwitterやflickrなど、RSSリーダーやSNS経由での閲覧や専用のクライアントからの閲覧のように、わざわざtamakisono.jpに訪問することなく閲覧する部分になります。なので、このページは、それらの情報をまとめる、というか、そういう情報が出ていることを知らせる、というサイトです。重くていいんです。

    で、メニューですが、
    • My Photos
    • My Blog
    • My Twitter
    • My Tumblr
    • My Last.fm
    • My Facebook
    • My Psilocybe

    こんな感じで、あまりに説明不足なので一応説明すると、「My Photos」今までの写真ブログです。もう写真をブログにすることはやめて、写真をホストしているFlickrのセットを直接ブログ代わりにしました。RSS関係は今まで同じなので、登録していただいている方は特に何もする必要がないかと思います。「My Blog」がBloggerのブログ、これです。「My Twitter」はtwitter、「My Tumblr」は説明しにくいですが、ウェブ用スクラップブックみたいなものです。これもRSSをはいているので、RSSリーダーに入れておいていただけると良いのではないでしょうか。「My Last.fm」、iTunesやiPhoneで再生した音楽の情報が自動的アップされて、自動的にサイトに反映されています。どんな音楽を聞いているか、これってけっこう恥ずかしい部類に入る個人情報で、しかも、再生してるものがそのまま何の配慮も編集もなしで公開されるなんて...、と思われる方も多いのですが、まあ、他人が聞いてる曲なんて大して興味がないもので、公開してるからって別にどうってことはありません。Last.fmでは、自分と音楽の好みが似てる人を見つけやすい仕組みになっているので、新たな曲との出会いが促進されます。「My Facebook」ちゃんと使ってないけど、おいおい深めていきたいところです。「My Psilocybe」会社のサイトのRSSを表示させています。

    というわけで、音楽聞きながら携帯でつぶやいて時々ブログを書いてれば、あとは自動的に毎日数十回、というか数百回アップデートされるサイトです。

    で、上記の全部入りのRSSフィードがこれです。

    http://bit.ly/bo2YZv

    こんなもの登録しておくとちょっとうざいかとは思いますが、まあ、どうでしょうね...。
  • July 18, 11:14 AM

    Website is dead

     最近、ところどころで「ブラウザーの死」や「ウェブサイトの死」が語られている。いずれも、iPhoneアプリやiPadアプリのような個々のアプリの広まりによって、われわれはもうウェブサイトを訪ねたり、そもそもブラウザーを使ったりする必要がなくなってしまったのではないのか、という議論だ。


    というわけで、tamakisono.jp をリニューアルした理由についてのメモです。上の記事に書かれていることを最近よく感じています。ウェブサイトやブラウザがすぐになくなることはないと思うのですが、確かに、ウェブサイトを作ってても、このサイトを作ることにどんな意味があるのか、というのはとても悩みます。

    伝えたい言葉あるならブログに書いた方が静的なHTMLよりもよほど伝播力があるしメンテナンスもアーカイブ化も簡単です。写真を見せたいならFlickrなどの写真共有サイトにアップすれば、いちいちリサイズしなくても自動的に6種類のサイズの画像を作ってくれて、EXIFデータも可視化して、RSSをはいてくれて、タグ付け、ソート、Flashのスライドショー...、手作りでやったら大変な作業を自動的にやってくれます。動画も、自分でFlashのプレーヤーを作るのが大変ですが、というか僕にはできませんが、YouTubeなどの動画共有サイトはアップするだけでFlashにしてEmbedコードを作ってくれます。餅は餅屋、ウェブサイトを構成する要素はいちいち全部手作りするよりも、専用のウェブサービスを使う方が、安くて早いだけでなくて、はるかに高機能です。

    あと重要なのは、日々変化するウェブの世界へのキャッチアップが、手作りサイトだと到底追い付かないことです。たとえばいまどきの先進的なウェブサイトでは、ブラウザからのアクセスにはブラウザ用、iPhoneからのアクセスにはiPhone用のレイアウト、なんて感じで複数のレイアウトを閲覧環境に合わせて表示させるわけですが、これも手作りサイトだったら、手間的には複数のサイトを作る作業が必要になるわけで、さらに、iPhone用にはiPhone用の作法があって、いちいち勉強しないといけないんですね。これが、ブログもFlickrもYouTubeも、その手の大きなサイトはどこよりも早く対応してくれて、コンテンツの所持者は何もしなくていいんですね。今後、iPhoneやiPadに限らず、いろんなデバイスが登場し、PCのブラウザ経由っていう経路以外でネットに触れる機会はどんどん増えていきます。ものすごい勢いで新しいものが登場して消えていきます。追いつこうという気持ちにすらなりません。

    で、独自ドメインをとって、自作のサイトを作る意味について考えてみると...、大してないと思うんです。あるとしたら、自由なデザインができることと、独自ドメインであることの信頼感(会社の電話番号が携帯の番号だったらちょっと胡散臭い、みたいな感じで、会社のサイトのブログのURLだとちょっと...)っていうことだけだと思うんです。あと、ブログやFlickrでは、コンテンツを特定の企業に預けてしまうことになるのですが、これも自前のサーバーに自作サイトを作るのでなければ一緒です。

    ウェブサイトは目的に応じて使用する色んなウェブサービスをまとめる場所、であればいいと思うんです。ブランディングが重要なサイト、数千万かけて作るようなサイト、そういう場合は違うかもしれませんが、ただ情報を発信する、共有する、コニュニケーションする、このあたりが目的のサイトであれば、手作り部分をできるだけ小さくして、外部のウェブサービスを使う、というのがいいんじゃないかと思います。

    ここで思い出したのが「Google が考えるよりよいユーザー体験」という記事ですが、

    • より早く - ページの表示速度だけでなく、タスクを達成させるための手軽さも含まれる
    • 自分らしく - ちょっとしたことでも良いので個性をもたせる
    • 対話に参加する - 人間らしく切実かつ謙虚に反応をする
    • コントロールを失うことを恐れない - 何でも自家製にするのではなく、サードパーティの技術も積極的に利用
    • 礼儀正しく - 出始めの敷居を低くしたり、何か問題が起こったときに回避しやすくする
    • 失敗に備える - 失敗やミスは必ず起こるし思いがけないときにおこる
    • 信頼性を保つ - スピードにも関わる重要な要素

    Google が考えるよりよいユーザー体験とは : could


    これって、小さなウェブサイトでも当てはまることで、「何でも自家製にするのではなく、サードパーティの技術も積極的に利用」っていうのがここで言いたいことです。もちろんGoogleが言う「自家製」と小さな組織や個人のサイトでいう「自家製」、全然意味が違いますが、本質的には同じことです。

    ウェブサイトを建物に例えると、ドメイン(URL)が住所、サーバが土地です。独自ドメインが1戸建て住所、レンタルサーバーは借地でしょうか。「全て自作する」っていうのは、エアコンや水道の蛇口、壁紙、タイル、全部自分で作ることに相当します。美術館や病院や寺院...、特殊な建物ならそこもオーダーメイドなのかもしれませんが、普通の建築では既製品を使います。ウェブサイトを作るときに、安く高機能でメンテナンスが簡単なサイトを作りたいなら、サードパーティを積極的に使うべきだと思います。

    というわけで、何のことかよくわからなくなってきてるので、それがつまりどういうことか、というのを形にしたのが新しい tamakisono.jp です。これについてはまた別エントリーで解説します。

  • July 10, 01:14 AM

    今年も体重計について考える

    体重計が壊れました。僕が高校生くらいの時からあったような気がするので、寿命なんでしょうか。で、物を所有することが嫌いなので、壊れたのをいい機会に、捨ててしまって身軽になりたい気もするのですが、一方で、ダイエットのアウトカムを測るスケールであるため(別にそんな言い方しなくてもいいけど)、なんというか、買うかどうか迷っています。去年も同じようなことで迷っていましたが、今年もまたしょうもないことで迷っています。

    そもそも、僕が物を所有するのが嫌いなのは、物が好きだからです。手に入れた時のときめきとか、喜び、興奮、そういうのって絶対にずっとは続かなくて、どんなものでも、だんだん色褪せて、醜くなって、埃をかぶって、機能しなくなって、いずれは必ず所有していることが辛くなってきます。ときめかなくなったら捨てればいいのですが、物が作られて僕の手元に届くまでの経緯、歴史、染み付いた思い出、いろいろあるわけで捨てるのも辛いことですし、理性的に考えても環境への負荷とか何とか、捨てることを躊躇う要因は山のようにあります。一生愛し続ける物、なんてのもあるかもしれません。蒐集家が一生かけて集めてメンテナンスして、死んだ後に小さな博物館が作られる、みたいなこともありますが、そんなのは例外で、遺物なんて残された人たちにただ迷惑をかけるのが常です。

    というわけで、話は逸れましたが体重計。そんなもん買って使って壊れたら捨てればいい種類のものではあるのですが、やっぱ良くないと思うんですね。使い捨てって良くないと思うんです。というわけで、買わない、もしくは、もし買うならば修理して300年くらい使える体重計がいいんじゃないか、って思ったりもするんです。

    300年使える体重計ってことになると、ボクサーが計量で使うような分銅式の体重計だと思うんです。こんな体重計だったら、毎朝の体重計測もきっと楽しい儀式になると思うんですね。ググッてみると128000円...。ううん。確かに、10年に1回5000円の体重計を買い換えていくとすれば、これを300年使えばお得にはなるのですが、300年も生きてないし...。そもそも飽きっぽいので、今年の秋には体重を測ってない可能性も高く、っていうか、体重計に10万なんてどう考えても常軌を逸しているわけで、これはナシです。どなたか、処分に困っている分銅式の体重計をお持ちの方がいらっしゃったら...、いや、いりません。こんな大きくて重い体重計、どう考えても邪魔です。

    で、買わない方向に傾きつつありますが、でもやっぱり、体重を測ることが日課になっているので、それもやや寂しくて、自動的に体重をTweetしてくれる体重計とかないかな、と思ったら、驚くべきことに、というか、案の定、「WiFi Body Scale」というのが売られていて、なんというか、げっそりしてしまいます...。

    というわけで、毎朝の体重計測は一旦中止することになりました。別のアウトカム指標を考えます。
  • July 04, 11:46 AM

    シロシベの研究助成の理由



    昨日スライドだけアップして中身の説明をしてないので、その場にいらっしゃらなかった方へ向けた補足と、あと昨日言うつもりをしてて言いそびれたこともついでに追加します。シロシベの研究助成の話です。

    ちょっと夢のある話を入れたいというのと、表現してしまったほうが実現可能性が高まる、ということで入れたスライドです。なので、今すぐ募集を始めるとかそんな具体的な感じの話ではまだありません。

    このようなことをやりたいと思う理由は、営利企業といえども社会貢献することが使命だと思うので、何かちゃんと行動したい、というのが最初の動機です。精神保健領域の研究事業への助成を通して、学術、医療、福祉、文化の向上に寄与する、ということです。で、もちろん、こんな美しい動機だけではなくて、他の動機もいろいろあります。

    募集要項などはこれからちゃんと考えないといけないのですが、譲れない部分としては、僕自信がその研究に参加する、という部分です。他人の研究資金を単に提供するぐらいだったら慈善団体に寄付したり納税したほうが手間もかからず有益かもしれません。で、昨日のお話では、「100万円と書いてはいるけど、実際には、そのうち90万円くらいはシロシベクーポンかもしれません」なんてことを言っていたのですが、あくまで僕が参加できる研究への助成です。実態は、助成の名を借りた「共同研究者と素敵なアイデアの募集」です。

    昨日のシンポジウムでは、研究者の Proactive / Reactive な仕事という話があったのですが、この言葉を借りると、シロシベが Proactive な仕事をするための仕組み作りです。研究は、研究者自身の知的好奇心に基づいて行われるものや社会の要請によって行われるもの、いろいろあります。厚労省系の研究機関であれば厚生労働行政の政策立案につながる研究が求められ、民間企業の研究機関ではその企業の経営戦略に応じた研究が求められると思います。なので、研究者といえども組織のメンバーであるので、研究者自身の内発的な動機に基づいた仕事が後回しにされがちで、Reactive な仕事が大きな割合を占めてしまいます。

    シロシベなんて研究下請業者なので、油断すると100% Reactiveな仕事になってしまいます。もちろん、下請にはクリエティビティや主体性を発揮する場所がないかっていうと、そんなことは全然なくてとてもたくさんあります。とはいえ、一番大事なリサーチクエスチョンの部分に選択の余地はありません。なので、そこの部分からいろいろ口出しできる仕事を作りたいというのが、この「助成」の大きな動機の一つです。

    あと、シロシベには、倫理委員会も文献へのアクセスもスーパーバイズしてくれる先生や先輩も社会的な認知も信用もありません。そういうのがある組織に属している人と一緒じゃないと研究を行うことが非常に困難です。なので、一緒にやってくれる人を募集します。

    さらに、これは税理士さんに聞いてみないと分かりませんが、節税にもなるんじゃないかとにらんでいます。会社の利益には4割の法人税がかかります。シロシベから僕に給与を払うとそこに所得税がかかります。会社が必要なものを会社の経費として買うとそこには消費税しかかかりません。税率は法人税>所得税>消費税なので、会社の経費を大きく利益を小さく、経費の中でも、給与以外の経費を大きく給与を小さく、というのが一人会社の節税だと理解しています。言い換えれば、僕がやりたいことをシロシベでやる、のが節税です。で、この「助成」ですが、助成自体が経費扱いできるのか知りませんが、実際にシロシベが資金を出してシロシベの業務として研究をするわけで、きっと経費扱いになるんですね。細かいことは今度税理士さんに聞いてみて作戦を立てます。

    というわけで、「助成」を行う理由ですが、美しいものからケチ臭いものまでいろいろありますが、とても素敵なプランだと思うわけです。昨日の同窓会でも、意外と年配の先輩から評判がよくて、ほんとに実現させたいと思うようになりました。

    で、昨日言いそびれてしまったことですが、シロシベがどのような研究に「助成」したいか、です。
    その研究を行う前より行った後で、研究対象がより愛しくなるような研究

    です。誰の言葉か忘れましたが、知識とはそれを手に入れる前と後で世界の見え方が変わるもののことである、っていうのがあって、ほんとにその通りだと思うんです。そして、知ることは好きなることとそっくりです。よく勉強嫌いな子どもが「こんなこと知って何になるの?」と言いますが、それは知ると好きになるからです。人を知れば人を好きになるし、言葉を知れば言葉を好きに、世界を知れば世界が好きなるからです。好きな世界の中で生きていたいから知りたいんだと思います。そしてシロシベの使命は「新しい世界観を提案すること」です。「新しい世界観を得る」ということは「新しく知る」ことです。世界の見え方が変わる研究、この世界がより愛しく見えるような研究、そういう仕事をしたいと思います。

    後半だいぶ深夜のノリになってますが、まあ、恥ずかしがらず出すことに決めていますので、このままパブリッシュ。
  • July 04, 07:48 AM

    研究者になりたかったんですね

    昨日の同窓会で大先輩に「あなたはずっと研究者になりたかったんですね。ひしひし伝わりました。」って言われました。そんなことを発表したつもりは全然なかったけど、言われてみればほんとにその通りで、ずっと前は研究者に憧れていました。

    で、実際に研究者と呼ばれる人たちにたくさん出会って、研究に参加できるようになって、「なんだか思ってたのと違う」とか「向いてないかも」とか様々なことを思い、研究者に憧れていたことを忘れていました。というか、いろんな言い訳をつけて、逃げる口実を探して、憧れていたことをなかったことにしようとしてたんだと思います。憧れていた場所に実際に立ってみると、憧れてたことって忘れちゃうんですね。

    昔に思い描いていた研究者像とは全然違うけど、これからどうなるか全然わからないけど、何だかんだいって、研究って面白いことだし、研究者には面白い人が多いし、これからも研究とのつながりを持ち続けていたい、とはっきり自覚するようになりました。

    他にもたくさんの素敵なフィードバックをいただきました。ありがとうございました。
  • July 03, 01:39 AM

    シロシベのお仕事

    今日のシンポジウムで使うスライドです。シンポジウムに先立ってウェブで公開。

  • June 29, 08:30 PM

    ダイエット2010の結果

    5月7日に「6月末までに5kg減量する」と宣言してはや50日、もう6月末です。結局、2kgちょっと減っただけ。結論、目標が無謀。

    というわけで、

    目標を修正して、8月末までに64kgにします。
  • June 29, 10:39 PM

    Talking with Dragon

    6月も今日でおしまい。今年の1月から龍神社コースを走るようになったのでこれで半年です。毎日走ることを目標にはしてるけど、なかなか難しくて、短めの北向観音様コースにしてしまったり、休んでしまったりで、龍神社まで行けたのは結局60回でした。1回の距離が6.7kmで高さが260m、というわけで総走行距離が400kmで高さを全部足すと15600m。おお、チョモランマ約2回分です。新幹線で東京~京都間が約500kmなので、...新幹線すごいな。



    このコースを45分で1周することを目標にしているのですが、それがなかなか難しくて今のところ最高記録が51分。速くはなってます。

    あまりに人と出会わないコースなので(半年間で出会った哺乳類は人が1回と猪が1回だけ)、最初は素通りしていた折り返し地点の龍神社で、つい手を合わせたり、会釈したり、龍に親しみを覚えるようになってきました。エンドルフィンが出まくってる時など、驚くべきことについうっかり声を出して挨拶することもあるんですね。人が誰もいないってすごいことです。

    あと、龍との会話を想像しながら山を降りるのが最近の流行りです。
    龍「なんか昨夜騒がしかったけどなんかあった?」
    僕「ううん、サッカーじゃないですか?」
    龍「ああ、あれね、4年に1回あるやつね。見た?」
    僕「見てないですよ。」
    龍「なんで?」
    僕「天邪鬼だから。ていうか忙しくて、っていうか、試合の時間とか知らなかったし...」
    龍「ふふ、そうやついるよね。ほんとはみんなと一緒に見たいくせにね。あれでしょ?たとえ一人でこっそり見てても見てないとか言い張るんでしょ?いるいる、そういうやついる。」
    僕「いや、そんなんじゃないけど...。だって、夜更かしすると朝走れなくなっちゃうし、...龍に会えなくなるし。」
    龍「ぶっ。ちょ、お、お前...。」

    といった会話を想像しながら顔を赤らめて降りてくるわけです。舗装路まで降りてきて一気に現実に戻される感じがたまりません。
  • June 29, 06:01 AM

    こんにちは、株式会社シロシベの...

    今週の土曜日に、大学院の教室の同窓会があって、そこで、卒業生シンポジウムというのがあります。
    卒業生シンポジウム「研究者が働くということ」
    昨今、日本で研究者として身を立てたいと考えている人にとって、厳しい状況が続いているように感じられます。研究者が働くとき、どのような選択肢がありうるのでしょうか?シンポジストの方には、研究機関や大学などそれぞれに選択をしたお立場から、現状をご報告いただきます。

    というわけで、お話させていただくわけですが、他のシンポジストの先輩は大学や研究機関で働かれているちゃんとした研究者で、まあ、シロシベってね...、とは思うのですが、「それ以外の選択肢」を伝える大きな役割を担っているとも思い準備しています。

    まず第一声、どう話し始めるか考えています。
    ただいまご紹介にあずかりました株式会社シロシベの...
    ううん。そんな言葉使ったことないし、固いし、ちょっと違います。やはり、若い起業家ですから、若々しく挑発的に短パンか何かはいていって、片手をあげて、
    やあ、どうも、シロシベです。
    ...。想像するだけで鳥肌が立ちます。やはり、「それ以外の選択肢」枠としては堂々としてることも重要だと思うので、往年の上岡龍太郎ばりに、
    こんにちは、私「が」園環樹です。
    っていうのもいいかも。探偵ナイトスクープなんて誰も知らないですよね...。近江商人らしく、江州弁で、
    まいどおおきにありがとう。シロシベや何やいうて、いろいろさせてもうてまんねんけど...。
    ま、結局のところは、普通に「こんにちは、株式会社シロシベの...」って半笑いで話し始めるわけですが、最初の5秒を30分かけて考えてたら、15分のプレゼンの準備に90時間かかります。間に合いません。
  • June 26, 03:08 AM

    電子パブリッシュ



    気になっていたお仕事が一つ片付きました。今回のお仕事で、InDesign というDTPソフトを使った作業をする中で調べて思ったのですが、「文字を組む」という作業はとても長い歴史があって膨大な蓄積があってとても奥深いものなんですね。このお仕事は紙媒体でのお仕事だったので、書籍や冊子の電子化についていろいろ考えさせられたのでメモ。

    2010年は電子出版元年になる、なんてことが各方面で言われ、Kindle、iPad、著作権、google book serach、出版業界、いろいろ盛り上がっています。

    一読者としては、書籍は電子化されたほうが圧倒的に便利だし、早くどんどん電子化されてほしく、その作業の担い手は公的機関であろうと民間企業でも何でもよく、誰が甘い汁を吸うのか、なんてことには大して興味はありません。書きたい人や表現したい人が自由に簡単にパブリッシュできて、受け取る側は自由に低コストでそれを享受できる仕組みになればいいと思うだけです。そしてウェブの特性として、表現する人とそれを消費する人の境界が曖昧になって、インタラクションがどんどん生まれて、という特徴が書籍の電子化によってもっと促進されると楽しそう、と思います。

    ちなみに僕は数年前から、本は読んだら売る/あげる/捨てるということをして本棚を廃止しています。かさ張るわりに読み返すことは少なく、また、検索できる電子媒体に触れてしまうとページをめくって探すという行為に時間をかけるのがバカバカしく思えてしまい、きっと近い将来、紙の本を読み返すことがなくなる、と思ってそうしています。もちろん、写真集や全集など手にとって愛でることができるような、所有すること自体が喜びになるような本は別ですが、そんな本、そうはたくさんありません。あと、最近だと、本を裁断して Scansnap などで読み込むといったことも流行っていますが、それもしません。読み返さないだろうというのと、そのうち誰かがやってくれるだろう、という理由です。というか、もうすでに世界中でスキャンされまくってるんですよね。

    でまあ、これは読者としての希望で、シロシベとしてはぼんやり面白がって眺めてるだけでもいけないのかなぁ、と思ったりもします。シロシベのお仕事は、調査や研究のお手伝いですが、実際には研究それ自体だけでなく、ウェブサイトや印刷物といった「パブリッシュ」に関するお仕事が多くあります。お客さんの多くが論文や書籍といった出版物を出す人たちです。シロシベやその周辺の人達は、間違いなく出版物電子化の波の影響を大きく受けます。

    電子化されクラウド化された書籍は、従来の紙の書籍にとって代わるものではなくて全然違うもので、ウェブサイトともまた違うものだと思います。どれも情報を複製して遠くに運ぶものですが、運ばれ方も役割も得意分野も全然違うものです。で、思い悩むわけです。シロシベは何ができるようになってると重宝されるのか、と。

    もちろん情報自体を生み出せること、書けることが重要だとは思うのですが、それ自体はなかなか「商売」には結びつきにくく、また執筆の動機自体が商売とは馴染まないため、書籍も論文も儲けることを目指して書く人は少ないわけです。それ以外で収入を確保しながら時間を見つけて書く、というのが執筆のデフォルトかと思います。それはそれで、書くことから離れたくないとも思うので続けていきたいのですが、これとは別に商売として悩むわけです。

    でまあ、今のシロシベの仕事を見てみると、執筆者が生み出した情報を運ぶ部分のお手伝い、ということになるんだろうと思うんです。もっと絞って言うと、生み出されたテキストに書式を与える仕事、です。ポスターのデザインもHTML&CSSを書く作業もパンフレットを作るのも、広い意味では書式を与える仕事です。

    で、今後何の技術を磨くべきか、磨きたいか、と思うわけです。HTML5なのか、Flashも使えたほうがいいのか、DTPのスキルをもっと磨くべきか、電子出版の波をもっと真剣に考えるのか、などなど。どれも面白そうだし、どれも学びたいのですが、たぶん全部違うと思うんですね。専門にしてる人たちに勝てっこない、というか。ウェブのおかげで作業をものすごく細分化してアウトソースできる仕組みができつつあるので、きっと、全部に目を配らせてちょっとずつ触りながら、全部出来るようになるんじゃなくて、どんな仕事でもどこに投げるべきか判断できて選択肢を持ってていい関係を作ってる、ということなんじゃないか、と思ったりしました。

    まとまりなしなし。
  • June 19, 06:23 AM

    シロシベ大好きなう。

    シロシベのサイトをリニューアルしました。

    去年の4月、シロシベの銀行口座を作ろうとしたら、「会社のホームページが完成していないので銀行口座を作れません」、という出来事があって大急ぎで作ったこともあり、今ひとつ気に入ってないというか、もうちょっと色々できると思ってたんです。とはいえ、ずっとバタバタしてたり、ウェブサイト作成を業務にしてることもあり、シロシベサイトのリニューアルなんかしてて、サイト作成途中のお客さんに、「へぇ、うちのサイトより自分の優先するんだぁ?」ということを思われてもよくないわけで(一人の会社のつらいところです)、ずっと後回しになっていたんです。今も作成途中のサイトがいくつかありますが、そんなに急ぎのサイトはない、というか、そんなこと気にしてたら一生リニューアルできないと判断し、ザバっと大工事しました。



    企業のサイトとしてはやや不適切なトップページの画像、背景の超淡いグラデーション、計算し尽くされた各要素の余白の大きさ、こんな素敵なウェブサイト、今まで見たことがありません。いやまじで。

    ところで、旧サイトのデザインに合わせてスプレーで落書きされてしまったタウンエースの立場は?という話ですが、ま、時代の流れとはそういうものです。世の中とは理不尽なものであります。
  • June 16, 10:48 AM

    Weft QDA コーディングのレビュー

    こんにちは。今日2回目のWeftQDAの時間です。サンプルとして青空文庫の文章を選んだわけですが、もうちょっと後のことを考えて選べばよかったとやや後悔中。ま、使ってみることが目的なのでよしとする。

    さて、今回は「Review Coding」です。さっきつけたコードを見直す機能です。



    メニューバーから、「Search」→「Review Coding」を選びます。と、「Code Review」いう画面が開きます。



    で、「Documents and Category」ウィンドウから集計したいコードを選んで(1回クリックでフォーカスした状態にして)、「Code Review」画面の「Add as row」をクリックすると、選んだコードが行に入ります。「row」と「column」、どっちがどっちかいつも分からず、一発で思い通りになったことがありません。ってことは逆に覚えてるってことなのかな...。ここでは試しに単語の一部に入っている「質」を行に入れていきました。で、列に入れるのは、今回のデータの全セグメントが含まれている「質(Search Results)」をいれます。今回は検索結果だけを分析対象にしてますが、そうじゃない場合はまず最初に、使う部分と使わない部分を判断して、「分析対象コード」をつけといたほうがいいのかもしれません。

    で、コードを行と列に入れるとこうなります。
    多い項目が強調されててちょっと気が利いてます。で、列にも複数のコードを入れることができるので、もうちょっと豊富なデータで、1つのセグメントに複数のコードやカテゴリーがつけられている場合などには、どのカテゴリー間に重複が多いか、なんてことが簡単に数えられる、ということでしょうか。

    で、この結果は、メニューの「Project」→「Export」から、csv形式でエクスポートできます。


    こんな感じです。
    と、この程度のことならエクセルでコーディングした方がはやそうな気もしますが、大きなデータで、カテゴリーの名前や構造を何度も修正する、といったことを考えるとこっちの方が便利なのかもしれない、と思うようになってきました。

    次回、いつになるか分かりませんが、ちゃんと中身を見ます。
  • June 16, 07:42 AM

    ホスマー・レメショウ検定のその後

    先月、思うところあって「ホスマー・レメショウ検定」のWikipediaのページ項目を立ててみました。で、「もっとちゃんと書いて」というメッセージをいただき、いつか暇な時に書こうと思っていたわけです。



    で、ふと今日見てみると、



    おお!誰かが書き足してくれてる!内容が妥当なのかどうか、残念なことによく分からないのですが、詳しい人がいらっしゃったらもっと洗練させていただけるとよろしいのではないでしょうか。他人任せ。。。

    今日はTwitterとWikipediaに感動した日でした。
  • June 16, 01:30 AM

    Weft QDA オープンコーディング

    こんにちは。Weft QDA の時間です。前回からだいぶ時間があいてしまいましたが、今日は、WeftQDAでコーディングしてみます。質的分析について初心者ですので、間違ってることとか、普通こうするとか、詳しい方はご指摘くださいませ。

    さて、プロジェクトを開くと「Documents and Category」ウィンドウの下半分にカテゴリーツリーが表示されています。

    カテゴリーツリーの操作は、WindowsのExploreとほぼ同じです。クリックでフォーカス、ダブルクリックで開く、ドッラグ&ドロップで移動できます。フォーカスされた状態でクリックするとカテゴリー名の変更ができます。


    さて、テキストを見ていきます。右側に出ているウィンドウは、前回の検索結果です。青空文庫の中から「質」という言葉を含む文章をダウンロードして、それらの中からさらに「質」を含む箇所の前後100字を抜き出したものです。寺田寅彦の文章で、
    近代の相対性理論にしても、量子力学にしても、波動力学にしても基礎に横たわるものはほとんど哲学的、あるいは質的なる物理的考察である。

    とあります。この部分にコードをつけてみます。コードの名前や位置づけ、階層構造など、今の時点では何とも分からないので、ひとまず「質的な考察」とつけてみます。最初のコーディングなので、ここでは抽象度の低い、具体的な名前をつけるらしいのですが、もともとの文章がだいぶ抽象的...。「Documents and Category」ウィンドウの下部にある「New...」というボタンをクリックします。すると、このようなダイアログが開きます。
    で、名前を入れて、「OK」です。
    そして、テキストにコードをつけます。

      1. コードをつけたい箇所をドラッグで選択
      2. 付けたいコードをリストから選ぶ
      3. 「Mark」をクリック
      簡単です。

      すると、こんな感じで、左のコードリストの中の選択されているコードがつけられたテキストが青く強調されます。


      で、ざっと最後までやっていくと、コードのツリーがこんな感じになりました。


      「質」を含む言葉っていっぱいあるんですね...。というわけで、ここまでの作業をオープンコーディングっていうのかな。いいのかな...。さて、次回はコードをつけたテキストの中を見ていきます。
    1. June 08, 06:31 PM

      51分と66.8kg



      ついに記録更新で51分。もうちょっとで40分台。



      停滞してた体重もやっと減って66.8kg。ふふ。
    2. May 31, 02:21 AM

      RSSと固定ページと流れるページ

      仕事で趣味でウェブサイトをよく作ります。人と一緒にウェブサイトを作る作業は、楽しくも辛いものです。

      僕がいいと思うサイトとそのサイトの主がいいと思うサイト、最初からぴったり一緒なんてことはあり得なくて、いろいろ違います。双方の作りたいものが違うとき、とても大きなストレスを感じるわけです。ここで、「はいはい、わかりましたよ、そうすりゃいいんでしょ。」なんつって投げ出して言われた通りに作ってしまうときもありますが、ここでたっぷり時間をかけて説明して、先方の意見をちゃんと聞いて、思いがけない代替案が出てくる時や新しい手法に気づく時がとても楽しい時間です。ここでのコミュニケーションは、その人が何を伝えたいのか、何を大事にしているのか、なんてことを目に見える形にする作業でもあり、発見がたくさんあります。

      ボタン1つからマージンの数ピクセルにいたるまで、いろんな場所で、意見の相違があり、いつも同じような説明を繰り返すことになってしまうので、こういうのはブログに書いといて、「詳しくはここを見てください」と言えたら便利だろうな、ということで、今日はWordpress (WP) や Movable Type (MT)といったブログシステムを使う場合の、固定ページとブログ記事の使い分けについて考えます。

      サイトを作り始める前に、更新頻度が高そうで、ご本人に更新をお願いすることができそうな場合、WPや MTを使ってサイトを作ります。これらはブログのシステムです。ブログなので、最新記事が上に、古くなると下へ下へ流れていって、アーカイブにたまっていきます。各記事には個別のページが作られて、個別のURLが与えられます。WPやMTでは、これとは別に、流れていかない固定ページを作ることができます。

      たとえば、シロシベのサイトでいうと、右上にトップメニューがあって、「about」と「contact」のページは流れていかない固定ページ、「portfolio」では最新記事が一番上に表示され古くなると流れていくブログです。ブログの各記事のタイトルをクリックすると各記事の個別ページです。


      一般的にブログには、蓄積性と即時性という2つの大きな魅力があります。蓄積性、記事が日時と結びついて整理されてたまっていくうえに、google などの検索エンジンが自動的にコンテンツをクロールしてインデックス化していってくれるので、フォルダの階層をきれいに分類して整理して、なんてことをしなくても、きれいに整理された情報が蓄積されて、キーワードを少し覚えていればググって探している情報に1秒もかからず辿りつけます。で、即時性。更新したらすぐ反映される、ということもですが、RSS配信によって、RSSリーダーはもちろん、mixi やfacebookなどに更新情報が自動的に伝わり表示され、リンクされます。すぐに伝わる、過去に伝えたことが溜まっていく、このあたりを自動的にやってくれる仕組みがブログです。

      で、WP やMTで、何を固定ページにして、何をブログにするか、を考えます。ケースにもよりますが、固定ページに置く情報は、基本的にプロフィールと連絡先です。プロフィールには理念や沿革、主な業績、ごあいさつ、なども含まれるかと思います。資料の公開を目的にする場合には、「ダウンロード」ページなどを設けて配布している資料の「まとめページ」を固定ページで作るのもいいかもしれません。他はRSS配信されるブログで書くべきです。

      RSS(フィードって呼ぶのが適切なのかな)、説明が難しいのですが、詳しいことは各自調べていただくとして、要するに新着情報を読者に届ける仕組みです。RSSリーダーに登録しておくと、リーダーが登録してあるサイトを巡回して新着情報がある場合にその情報をひっぱってきてくれる、というものです。たとえば、このブログですが、

      こんな感じで最新記事が一番上に表示されているので、サイトに直接アクセスすれば更新されているかどうかはすぐ分かるわけですが、いつ更新されるかは分からないため、訪問しても更新されてなかった、という空振りが起こってしまいます。それが、RSSリーダーに登録しておけば、

      こんな感じで新着記事があればリーダー内に表示してくれます。って、こんな説明じゃ伝わらないなぁ。。。まいいや、続けますけども、今時、ブログをブラウザのお気に入りに入れて、時々アクセスして、「あ、更新されてる!」とか「更新されてないや...。」なんてことをしている人はほとんどいません。少なくともリピーター(サイトにとって最も大切な訪問者)はRSS経由でサイトを見ています。で、もっと重要なのは、RSSは人が読むためのものではなくて、機械が読むための言葉であるということです。RSSの情報は、ウェブ上のロボットによって、くっつけられたり、ソートされたり、いろんなところに運ばれて、再表示されています。僕の写真ブログでも、更新すれば数百のリーダーやSNSのページに新着記事が届くことになります。新しい情報はRSSに載せるべきです。

      あと大切なのは、RSSがリーダーなどで読まれる時には、その見え方はブラウザで見る時とは大きく異なるということです。CSSで定義されたスタイルは外され、余白や幅も全然違います。リーダーで読んでもきれいに見える、っていうことを意識して書くのも大事です。まずは自分のブログのRSSをリーダーで見ることが重要です。

      で、固定ページ。ウェブサイトの訪問者は、「本人」「知り合い」「知らない人」の3種類に大別されるわけですが、それぞれの立場から固定ページについて考えます。「本人」にとって便利な固定ページの使い方は、連絡先や連絡窓口を作っておく、主な業績をまとめておく、何か問い合わせがあった場合に「このページ見て」と言える感じの内容にしておく、といった感じでしょうか。「知り合い」は、RSSで最新情報をチェックしてくれることが多い人たちですが、知り合いのプロフィールを何度も眺めて楽しいことはあまりなく、連絡先も知っていることが多いので、まあ、実際に見ないものです。知り合いにとって便利なのは、あの人の最新の肩書ってなんだっけ、所属機関の正式英語名称なんだっけ、とか、そういう時です。なので、細かく書かれていると重宝します。で、「知らない人」ですが、知らない人は検索サイトからやってきます。何かの調べごとをしていて、検索結果でピンときて訪問する人たちです。その場合、興味があるのは、このページは誰が何のために作ったのか、信用出来るのか、問い合わせはどこにすればいいのか、といったところでしょうか。プロフィールのページに写真を載せたりすると、親しみを持ちやすくなる、信用しやすくなる、フィードバックが得やすくなる、なんてことがあるかもしれません。

      というわけで、変化しないエッセンシャルな紹介を固定ページに、他は全部ブログで、というのが基本かと思います。
    3. May 28, 03:20 AM

      電車で爪切り



      内田樹さんが、
      すごい!ぼくの前に座った女子大生、いきなり車内で爪切り始めました。爪が飛んできてびっくり。すごいですね、今どきの女子大生。(>_<)
      twitter.com/levinassien

      ってつぶやいてて、なぜ電車で爪を切ると驚くのか考えてしまいました。本来、電車で何して過ごそうが人の勝手で、他人が何やってようと知ったこっちゃないわけですが、確かに爪が飛んできたら驚きます。爪切り自体はどうかなぁ。爪切りを持ち歩いていることに驚くけど、ううん。

      電車でやられて驚くことと驚かないことの違いはかなり微妙で、iPodで音楽を聞くのは驚かないけど、ラジカセだとちょっと驚きます。携帯のメールはいいけど通話は驚きます。音を出してることに驚くのかといえばそういうことではなくて、携帯の通話より大きな声で談笑してる人には驚きません。ガムをかんでる人には驚かないけど、餃子を食べてるとちょっと驚きます。匂いが原因かというとそうでもなくて、羊羹を食べてる人にもちょっと驚きます。酒を飲んでる人、これは路線と時間帯によります。平日の深夜の新幹線では飲んでる人の方が多いくらいで、この前新幹線で隣に座っていたスーツの男性が一升瓶持参でコップに手酌で飲んでいたのですが、こっちも疲れてたりすると「まあ、まあ」なんつってお酌しようかという気持ちにさえなるのですが、これが朝の山手線だとちょっと違います。寝てる人、これは寝方によります(←下から2番目がだいぶ面白い)

      電車内は公共の場所なので、うるさい、臭い、かさ張るといったこと、不快に感じる人が少なくないであろうことは遠慮しないといけない感じがします。爪切りとか化粧とかは、誰かに具体的に迷惑をかけることでもないわけですが、内田先生は「(>_<)」という顔をされていて、確かに眉をひそめる人が多いだろうな、という気もします。僕自身は「(-_-)」くらいかな。この女子大生も「ええやん別に迷惑かけてないし。なんで?あかん?」って感じかと思うのですが、「いや別にええねんけど...」の続きが難しいところです。

      「みっともない」という言葉が思い浮かぶわけですが、なぜみっともないかというとよく分かりません。食事、排泄、保清といった基本的なADLに関すること、生理現象に近いところ、このあたりを人前で見せることがみっともないとされてるのかなぁ。じゃあ、レストランや銭湯はどうよ、って思ったりもしますが、これはそれ専用の場所だからいいのかな。移動中は移動に専念すべき、ってことでもないわけで、電車で爪を切るのがダメだという理由、さっぱり分からず、仕事がはかどりません。
    4. June 20, 02:05 AM

      ホスマー・レメショウ検定



      2010年5月現在で最もイケてる統計学的検定、それはホスマー・レメショウ検定です。ロジスティック回帰モデルへの適合度を調べる統計学的検定です。ふふ。あんまり意味わかってないけど。でまあ、知らない言葉に出会う、ググる、ウィキペディア読む、わかったつもりになる、という流れで大抵の新出単語はまた忘れ去られていくわけですが、いろいろあって、ホスマー・レメショウ検定が今熱いので、日本語版のウェキペディアのページに項目がないじゃん、というわけで作ってみました。

      で、履歴のページを見ていただくと分かるように、標準時で2010年5月19日 (水) 15:51(日本時間では20日0:51)に新規ページを作ったのですが、それからわずか70分後に追記・修正が入るんですね。深夜なんですけどね。具体的には、英語版ページへのリンクがはられ、リファレンスの文献が追加され、項目名が太字にされ、みたいなことです。ところで、Wikipediaの英語ページ、きれいになってますね。


      それもびっくりしますが、さらにメッセージが届いていて、

      こんにちは。ウィキペディアに参加して頂きまして、どうもありがとうございます。

      参加して頂いた矢先からこのようなお知らせをすることになって申し訳ないのですが、ウィキペディアは、百科事典を作るのを目的としたプロジェクトであり、言葉の定義のみを書いた辞書を制作するプロジェクトではありません。そのため、非常に短い記述だけの記事を新設したり、余り発展の余地のなさそうな話題を扱うページを新設することの是非については、いろいろと議論があります。Tamakisonoさんが投稿されている記事には短いもの、定義のみで意味がないもの、ひとつの項目にまとめるべきもの、あるいは発展させることが難しいものがいくつか含まれているように思います。

      せっかく作成して頂いた記事も、内容が十分でないと後になって削除依頼されるようなことになるかも知れません。そうなってはお互い残念です。ですので、できるだけ、量的、内容的にまとまりのあるものを書いていただけるよう、お願いできますでしょうか?

      Wikipedia:ウィキペディアは何ではないかというページにはウィキペディアで受け付けない投稿の典型例を説明していますが、そこでも辞書のように用語の定義だけのものは受け付けない、ということになっています。

      また、Wikipedia:スタブにある、短くても役に立つような記事の作成法も参考になるかと思います。

      では、今後ともどうぞよろしくお願いします。


      はあい。すいません。というわけで、統計に詳しい人で加筆、訂正などをして下さる協力者を求めています。僕もやりたくない仕事がある時に書きます。

      Wikipediaってこのような情熱的なウィキペディアンの力で維持されてるんですね。よく、特に高齢の方々が「Wikipediaは信用ならない」といったことをおっしゃいます。5年前のNatureで「『ウィキペディア』は、科学分野の話題を扱った項目の正確性では『ブリタニカ百科事典』に匹敵する。」なんて記事もあったりするのですが、実際、この勢いでピアレビューされて、編集されて、編集履歴がしっかり残って、っていう百科事典、他にないと思うんですけどね。

      偏差値の高い大学の先生が書いてるから正しい、とか、高い値段で売ってるくらいだからちゃんとしてるんだろう、とか、Natureだからすごい、とか、それもまあ、わかりやすい指標ではあるけれど、もうちょっとちゃんと考えて判断したいところです。あと、「信用ならない」なんて文句を言ってる暇があったら、それ以上のものを提案するなり、参加して信用できるものにするなりしたいところです。誰でも受け入れるのがウィキペディアのいいところです。

      ここで、文句ばっかり言ってる人へ文句を言ってる暇があったら...、というわけで、もういい加減仕事します。っていうか、このブログだって、シロシベのブランディングという大切なお仕事、ともいえます。
    5. May 18, 02:26 AM

      あれもこれも減らしたい



      走っています。なんとなく速くなってる傾向が見えてきました。もうどんなに眠くてもだるくても70分はかからない感じです。でもこれは体力がどうこうっていうより、ペース配分などがうまくなった、という感じです。今までの最高記録は1月の53分、どうしてそんなに速く走れたんだろう...。


      で、今月から始まったダイエット2010。これからです。これから。

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    • July 29, 10:41 AM

      Intentional Peer Support

      自信作です。東大の宮本有紀先生の新しいプロジェクトのウェブサイトです。

      概要や連絡先など、アップデートがない部分は静的HTMLのページ、その他のアップデートされる部分についてはblogとtwitterを活用しています。blogもtwitterも時間と一緒に記録が残るので、質的な研究で使われるリサーチノート、フィールドノートのような使い方が可能かと考え、また、速くゆるく他者とつながるtwitterは、もやもやとした感覚や概念を言語化する上で有用なツールであると考え、このようなサイトをご提案させていただきました。

      また、研究のプロセス自体をオープンにすることで、思いもよらない出会いや新しい風が入ること、学生さんや後進への教育にも貢献すること、さらに、透明性を確保することが高い倫理性にもつながるのではないか、という期待もあります。

      ビジュアルについては、白基調でアクセントにツイッターブルー(#33CCFF)を用いて、クリーンさと親しみやすさの両立を目指しました。

      このプロジェクト、ウェブサイト制作のみならず、中身にも関わらせて頂く予定です。今後がとても楽しみなお仕事です。どうぞよろしくお願いいたします。

    • July 16, 12:58 AM

      ソロモン2010

      この夏、フィラデルフィアから Phyllis Solomon先生が来日されます。ジャパンツアー中、様々なシンポジウム、講演会、ワークショップが予定されています。Solomon先生を招聘された大島巌先生からのご依頼で、これらの催しの詳細をまとめた、参加登録フォーム付きのウェブページとを作成させていただきました。4種類あります。

      7月30日、東大で、
      地域を基盤とする対人サービスプログラムのランダム化比較試験(RCT):その設計と実施の原則および実施ガイダンス(Designing & Implementing Randomized Controlled Trials For Community-Based Human Service Programs: Rationale, Principles, & Practical Guidance)

      8月4-5日、社会事業大学で、
      福祉サービスプログラム評価者・評価研究者育成の現状と課題~アジア型福祉社会創造に向けた福祉プログラム評価の活用のために~

      8月5日、社会事業大学で、
      科学的根拠にもとづく実践(EBP)プログラムの形成評価と 国際的技術移転の方法、評価人材育成の課題(International Transfer of EBPs: Evaluation Methodologies & Implications for Training Social Work Evaluators)

      8月9日、岡山県精神科医療センターで、
      フィリス・ソロモン先生とともに日本の「当事者サービス提供者」の発展可能性を考える

      それに合わせて、紙のチラシも作成させていただきました。

      各ページからPDFがダウンロードできます(8月4-5日のセミナーのチラシは別の業者さんです)。まだ参加登録期間中です。奮ってご参加いただければと思います。

      今年のソロモン先生の招聘事業、シロシベは身を粉にしてお手伝いさせていただきます。

    • July 08, 09:31 PM

      ACTスタートアップマニュアル

      NPO法人京都メンタルケア・アクション様とのお仕事です。ACTの始め方マニュアルです。プレーンテキストと図表のラフスケッチから、印刷用のデータを作って、印刷、製本してお届けするというお仕事。文字組の奥深さを学びました。

    • June 17, 09:42 AM

      Weft QDA

      これはシロシベの仕事というわけではありませんが、うちの社長のブログが雑誌に掲載されたのでご紹介。オープンソースCAQDASについて書いてた記事たちを紹介していただきました。この雑誌はこのページから¥1,890でお買い求めいただけます。PDFのオンライン販売もそのうち始まると思います(紙の方が先なんですね)。

      深堀浩樹. 質的データ分析用ソフトウェア(CAQDAS/QDA)の最前線―アジアで開催されたワークショップ「Computer-Aided Qualitative Research Asia 2010」に参加して―. 看護研究43(3), 2010

      です。

    • June 13, 08:48 PM

      帯広、ピアサポート、質的分析

      北海道は帯広のNPO法人十勝障害者サポートネットさんとのお仕事です。「精神障害者のピアサポートを行う人材を育成し、当事者の雇用を図るための人材育成プログラム構築に関する研究」という名前の研究事業の一部委託を受けてのお仕事です。

      今年の1月から2月にかけて東京、帯広千葉の3会場で行われたピアサポートに関する研修の効果評価です。自記式調査票の設計から、調査実施、インタビュー実施、分析、報告書の作成にいたる一連の仕事を、様々な人のサポートを受けながら担当させていただきました。

      当初、量的なデータのみを扱う予定でしたが、諸事情によりインタビューデータの分析を行うこととなり実施した初めての質的分析です。これで意見を伺った先生や先輩方とのやりとりから、いくつも今後の仕事につながる大きな示唆、というか、仕事をいただくなど、今後のシロシベの方向を大きく変えるような大きなお仕事でした。

      ほんとにたくさんの人とのつながりのお蔭でできたお仕事です。本当にありがとうございました。これからもどうぞよろしくお願いいたします。

    • June 08, 11:51 PM

      抄録集の表紙のデザイン

      第20回日本精神保健看護学会総会・学術集会です。ウェブサイトポスターとチラシ、そして今回は、プログラム・抄録集の表紙デザインです。ウェブも紙も一人でデザインするからこそ生まれる統一感です。

      印刷・製本 株式会社キユーピーあい
      表紙デザイン 株式会社シロシベ

      ふふ。こう書いてあるとちゃんとした会社みたいですね。いや、実際ちゃんとしてるんですけども。

      学術集会はいよいよ来週末、有意義な会となることを願っております。

    • May 28, 09:26 PM

      サステインナビリティ

      滋賀県で最もイケてる企業は、たねやではなくシロシベです。イケてる企業たるもの地球環境への配慮も欠かせません。持続可能な世界に貢献するためには、環境に優しい素材で箱を作ることより、箱を作らないことが効果的であることは小学生でも分かります。シロシベ、ザ・リーディング・エコ・カンパニー。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

    • May 25, 11:06 PM

      夏までに、よろ!

      久しぶりの更新になってしまいました。研究のお仕事をもっと紹介したいのですが、成果物ができるまでに時間がかかるうえに、内容を公開できないことも多く、なかなかこういう場所に載せることが難しく、往生します。

      で、今回は、独立行政法人国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 社会復帰研究部さんとのお仕事です。具体的には、入力、データセットの行列の組み換え、集計、再組み換え、データ結合、ラベリングです。紙の調査票から「あとは分析するだけ」の状態にして、生データときれいなSPSSのシンタックスときれいな分析用データセットを納品します。

      「夏までに、よろ(しく)!」でだいたい通じるシロシベです。引き続きどうぞよろしくお願いいたします。

    • March 27, 10:08 AM

      そのきのこ手ぬぐい

      私達が求めてやまないもの、それはまだ見ぬ世界。その世界は日常のふとした隙間から姿を現わします。手を伸ばそうとすると私達を拒絶するかのように扉を閉じて遠くへいってしまいます。きのこだけが知っています。きのこのむこうに拡がるその世界を。目を閉じてみつめてください。耳をふさいで歌をきいてください。風と光が集まるその場所でそのきのこは生まれました。(そのきのこ

      というわけで、満を持してそのきのこ手ぬぐいの発売です。構想1年、制作丸投げ。というか、かまわぬの製造です。シロシベ初の物品販売です。

      送料、消費税、その他もろもろこみこみで1つ2000円。このページから買えます。

    • February 23, 02:30 AM

      認知症高齢者に対する終末期ケアの国際比較

      こんにちは。何だかインチキデザイン会社にみたいになってるシロシベポートフォリオですが、本来業務は研究。今回は研究業らしいお仕事の成果物です。

      医療経済研究機構の研究員の方々とのお仕事で、タイトルは「認知症高齢者に対する終末期ケアの国際比較―職員や家族の考え方に関する調査―」。日本では65歳以上の高齢者人口が総人口の2割を超え、アルツハイマー病をはじめとした認知症を有する高齢者も増加、高齢者ケアの適切なあり方が喫緊の課題となっているわけですが、この研究は、カナダで Marcel Arcand らが開発した、認知症を有する高齢者に焦点をあてたケアガイドである”Comfort care at the end of life for persons with Alzheimer’s disease or other degenerative diseases of the brain, a guide for caregivers”の日本語訳を作成し、特別養護老人ホームの職員や利用者家族に見ていただいてご意見を伺う、という研究です。

      Marcel Arcand さんはこんな方。このページによると、

      Ce livret, distribué en français et en anglais au Québec et au Canada, a été traduit et adapté en néerlandais, en italien et en japonais.

      このブックレットは、カナダのケベックで仏語版と英語版が配布され、独語、伊語、日本語に翻訳されてる、みたいなことが書いてあります。たぶん。で、日本語版っていうのがこのグループのお仕事です。シロシベは、飛行機に乗って調査に同行してお手伝いしたり、他にもこまごまとお手伝いさせていただいきました。このお仕事自体はこれで一段落ですが、認知症ケアの在り方についての研究はこれからも続きます。引き続きどうぞよろしくお願いいたします。

      この報告書、医療経済研究機構に申し込むと有料で提供してもらえます。申し込み方法はこちらのページから。